後醍醐天皇・花山天皇駐輦之處

姫路市書写に後醍醐天皇・花山天皇駐輦之處があります。
花山法皇、後醍醐天皇が姫路に行幸なされたときに車駕を駐輦された屋敷跡ということです。
昭和10年(1935)に建立されました。

花山法皇

寛和2年(986)、長保4年(1002)に行幸されています。
寛和2年の行幸は、まだ20歳で天皇を退位した直後になされています。
2度めの長保4年(1002)のとき、書写山開山の性空上人は弥勒寺に移っていました。花山法皇は弥勒寺に行き、性空上人とともに書写山に登ったということです。
花山法皇にとって性空上人は大きな心の拠り所であったようです。

後醍醐天皇

姫路市WEBマップに後醍醐天皇が書写に来られた経緯が書かれています。

配流地の隠岐島を脱出して京都に向かう途上、元弘3年(1333)5月この辺りの古道を通り書写山円教寺に逗留した。書写山行幸記によると、書写山衆徒80余騎が兵具を帯して出迎えたとある。

姫路市WEBマップより

書写山にも僧兵がいたようです。