日本最初の天神さま・防府天満宮

大鳥居

防府天満宮は延喜4年(904)に創建された日本で最初の天神さま。
太宰府天満宮、北野天満宮と並ぶ日本三大天神のひとつです。

道真公は昌泰4年(901)太宰府に流されます。
瀬戸内海を旅してきた道真公は、本州最後の寄港地、防府・勝間が浦に立ち寄ります。
そして、2年後の延喜3年(903)に亡くなられます。

道真公は「身は筑紫に果つるとも、魂魄は必ずこの地に帰り来たらん」と予言しており、公が亡くなられたその日、神光が現れ、天神山に瑞雲がたなびきます。これを見た国司たちは公の霊を祀り、その翌年(延喜4年/904)松崎の地に宝殿を建立した、とされています。

現在は、九州へは下関〜門司で渡っていくのですが、平安時代は防府から大分の方へ渡っていたようです。地図で見ると、そのルートも意外と近いことがわかります。

神門
拝殿

春風楼という建物があります。
五重塔を作ろうとしたが、中止となったという建物でちょっと変わった感じがします。
床下の支えが非常に凝っていて、五重塔の一階部分をそのまま使ったもののでした。

春風楼
床下の支え
天井の細工

勤王の歌人・望東尼の碑がありました。
望東尼は勤王の志士たちと交流があり、高杉晋作を援助したという歌人です。
慶応3年(1867)、討幕軍の船出にあたり、戦勝祈願のため防府天満宮に参籠して、和歌を手向けられました。

望東尼の歌碑
望東尼

高杉晋作との共作とされる
「おもしろき こともなき世を おもしろく(高杉晋作)
  住みなすものは 心なりけり(望東尼)」
は有名ですね。

茶聖菅公にちなんで作られた茶室芳松庵。
庭内に暁天楼、御神木があります。

芳松庵

暁天楼は防府天満宮の門前にあった旅籠屋「藤村屋」の建物の一部で、勤王の志士たちが利用した高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文らの志士がよく利用したそうです。
御神木は樹齢800年。いろいろな歴史を見てきた御神木です。

暁天楼
御神木

紅葉した木々がたいへんきれいでした。