伊丹市春日丘に和泉式部の墓と伝えられる五輪塔が残っています。
五輪塔といっても、残っているのは水輪、風輪、空輪の三つで、最下段の地輪と三段目の火輪はありません。
五輪塔には鎌倉時代後期の特徴が見られ、すべてが揃っていたら2メートルを超す大きなものだったそうです。
和泉式部の再婚相手の藤原保昌が摂津国川野辺郡平井(現宝塚市)出身だったので、ここに供養塔が建てられたと推定されています。
和泉式部が詠んだ歌で伊丹に関係があるのは一首だけといいます。
津の国の昆陽とも人をいふへきに ひまこそなけれ 芦の八重葺
「津の国」は摂津、「昆陽(こや)」は来てほしい、「芦の八重垣」は隙間なく葦を重ねた垣根です。
意味は、「来てほしいと言いたいのだけど、まったくその時間がないの」と和泉式部が相手の男に告げる歌です。男はサラッと振られたわけですね。
それにしても和泉式部の墓はいろいろなところにあります。
本当に人気がありますね。
こういう歌が読んだからでしょうか。格好いいです。
世の中に 恋といふ色は なけれども ふかく身にしむ ものにぞありける