石舞台古墳

石舞台に行ってきました。
子供の頃に訪れて以来、何十年ぶりの再訪です。

入口から入ってすぐに目に入るのは、土に覆われていない巨大な石。
この石が平らな形をしていることから「石舞台古墳」と名付けられました。

この古墳には、蘇我馬子が埋葬されたと考えられています。
蘇我馬子は、乙巳の変(皇極天皇4年/645年)で殺された蘇我入鹿の祖父にあたります。蘇我馬子は崇峻天皇の暗殺(実行犯は東漢駒)に関与しました。これは日本で唯一の天皇暗殺事件です。一方、仏教を導入し、聖徳太子と協力して国家制度の整備を進めた人物でもあります。

しかし、蘇我馬子の系統は乙巳の変で断絶。石舞台古墳上部の土がなくなったのは、蘇我氏の横暴に対する懲罰として取り除かれたという説があります。

古墳の入口側からむき出しの石を見たとき、「特別に大きいわけではないな」と思いました。
しかし、それは間違いでした。

むき出しになっているのは古墳の天井石で、実際の古墳は土の下にも構築されています。
羨道から古墳の中に入ります。

圧倒的な迫力で、石が迫ってきます。

幅約3.5メートル、高さ約4.7メートルもある広い玄室。
壁、天井は、すべて大きな石で造られています。
石の総重量は2,300トン。小さく見えた天井の石も、北側が64トン、南側が77トンもある超重量級でした。

現代の日本でも、これだけの重さの物を運び、組み立てるのはたいへんです。今から1,400年も前の時代、人力だけでどうやって運び、玄室を組み上げたのでしょうか?

古墳の入口の看板に、その答えが書いてありました。

クレーンで吊ることができない代わりに、土を巧みに使って、石壁を築き、最後に土を取り除いて空間を作り出す。

古代の人の知恵が詰まっているなと感じました。