六甲山ヒルクライムで掬星台へ
六甲山にヒルクライムで登り、摩耶山の山頂に鎮座する天上寺にお参りしました。
前回の六甲山山頂ヒルクライムと同じ北鈴蘭台駅から登るコースです。このコースは比較的傾斜が緩やかで、貧脚の私でも登れます。
10時前に出発して、11時に掬星台に到着しました。
ここには摩耶ロープウェーの「星の駅(山上駅)」があり、大勢のハイカーが訪れていました。

黄砂の影響で少し霞んでいたものの、港町神戸が見渡せる、気持ちの良い眺めです。夜には「1000万ドルの夜景」が見られます。

数多くの信仰を集める摩耶山天上寺
続いて、掬星台より少し下にある天上寺に向かい、お参りしました。

門の横に天上寺が複数の霊場の札所になっていることを示す石碑が立っています。
関西花の寺第十番霊場、西国愛染明王第四番霊場、新西国第二十二番霊場、神仏霊場兵庫第四番、福原西国奥の院霊場、神戸七福神布袋尊霊場、神戸十三仏第二番霊場、摂津国八十八所第八十番霊場、摂津国三十三所第四番霊場です。
さらに安産腹帯発祥霊場でもあり、花山天皇勅願所、正親町天皇勅願所、孝徳天皇勅願寺です。
これほどたくさんの札所であるということは、天上寺がいかに多くの信仰を集めているか、重要な霊場として位置づけられているかを示していると思います。
紅葉した木々を眺めながら、本堂までの参道を上ります。
ここまでヒルクライムしてきた脚には、石段が少しこたえます。

境内は「摩耶天空之庭」というきれいな庭が整えられて、広々としたたたずまいです。

謎の法道仙人
天上寺は大化2年(646)に法道仙人によって開創されたと伝えられています。
境内に法道仙人像があり、その由緒が説明されていました。
- 法道仙人は仏法を広めるために中国に渡ったが、中国ではすでに仏教が隆盛であった。
- そこで、仏教未開の地である日本に教えを広めることを決意された。
- 釈迦がお作りになったと伝わる秘仏・十一面観音菩薩像を授かり、日本に渡った。
- 伝法島に上陸した法道仙人が四方を見渡したところ、五色の雲のたなびく霊山を発見した。
- 孝徳天皇の勅願により、その霊山に秘仏を安置し、天上寺を開創した。

法道仙人は天竺(インド)から紫雲に乗って飛んできたともいう伝説的な人物です。播磨では一乗寺、朝光寺、石峯寺など、多くの寺を開いています。
女人守護の本山と摩耶夫人尊像
天上寺のもう一つの御本尊が仏母摩耶夫人尊像です。
この像は弘法大師空海が唐に渡った際、持ち帰って天上寺に安置されたと伝えられています。
摩耶夫人は釈迦の生母で、摩耶山の「摩耶」は摩耶夫人にちなんでいます。

その摩耶夫人尊像には、梁の武帝にまつわる次のような伝説が残されています。
梁の武帝の時代(502~549年)、疫病の流行や、難産で亡くなる女性が多かったため、国民が苦しんでいた。
ある夜、武帝の夢にお釈迦様が現れ、生母である摩耶夫人を祀って祈願するように、と告げた。
武帝はそのお告げに従い、自ら香木を用いて摩耶夫人尊像を刻み、宮中に安置して、深く拝し、国民の安泰と安産を祈りました。
すると、疫病は終息し、難産の憂いもなくなって、元気な子どもたちが次々に生まれた。
天上寺のパンフレットによると「仏母摩耶夫人尊は女性のあらゆる難病や苦しみを救い給う女尊である」といいます。
このことから、天上寺は女人守護の本山と呼ばれるようになったようです。

















