住吉大社にお参りしました。
全国約2300社の住吉神社の総本社で、たいへん大きな神社でした。
創建は神功皇后摂政11年(西暦211年)とされています。
反橋
朱色の反橋(そりはし)を渡ります。太鼓橋なのですが、そのカーブ(反り方)はとても急なので、まるで階段です。
反橋の最大傾斜は48度。一般の階段は30~35度なので、かなり急なことがわかります。
川端康成の『反橋』の「反橋は上るよりもおりる方がこはいものです。私は母に抱かれておりました」というとおり、降りるときは足を踏み外さないように気をつけました。

境内
第一本宮から第四本宮まで、4つの本殿があるという珍しい形式です。また、そのどれもが国宝に指定されています。
それぞれの御祭神は次のようになっています。
第一本宮:底筒男命
第二本宮:中筒男命
第三本宮:表筒男命
第四本宮:息長足姫命(神功皇后)
七五三まいりやお宮参りに来られているご家族でにぎやかでした。
きれいな晴れ着を着せられた子どもたちが、とてもかわいらしかったです。

第一本宮では結婚式が行われていました。
国宝の本殿で結婚式を挙げるのは、一生の記憶に残るでしょうね。

初辰まいり
「初辰まいり」という商売繁盛を祈る参拝方法がありました。
毎月最初の辰の日に、初辰四社(種貸社、楠珺社、浅澤社、大歳社)を参拝することが初辰まいりで、4年間(48回)お参りすれば満願成就するとされています。
辰の日とは、十二支の辰(竜)の日のことです。2026年の辰の日は1月6日、18日、30日、2月11日、23日と12日おきに巡ってきます。
種貸社(たねかししゃ)
元種を授けてくださる神様です。
子どもを授けてくださる神様でもあり、子のない夫婦が住吉大明神にお祈りして、一寸法師を授かったといいます。
種貸社の前には一寸法師のお椀の船がありました。

楠珺社(なんくんしゃ)
商売発達・家内安全の神様です。
樹齢1,000年のクスノキが、神としておまつりされるようになったと説明がありました。初辰まいりの中心となる神社で「はったつさん」と呼ばれているそうです。

次の浅澤社は南門の外にあるのですが、その前に五所御前と石舞台があります。
五所御前
五所御前は住吉大神が降臨されたという場所です。小さな石がたくさん置かれ、石の中から「五」「大」「力」と書かれた石を拾い上げ、お守りにすると願いが叶うそうです。
そして、願い事が叶ったら、石を倍にして(自分で用意した石に文字を書いて)返すのがルールという説明がありました。
運試しということで、探してみたら「五」「大」「力」をそろえることができました。

石舞台
石舞台は豊臣秀頼公の寄進で造られました。
四天王寺の石舞台、厳島神社の平舞台とともに日本三舞台の一つとされています。
5月上旬の卯の日に行われる『卯之葉神事』(うのはしんじ)の際に舞楽が奉納されます。

浅澤社(あさざわしゃ)
芸能上達・女性守護の神様です。
万葉集にも歌われるカキツバタの名所として知られる社です。

大歳社
浅澤社のお隣が大歳社です。
初辰まいりの最後に参拝する神社で、心願成就を祈願します。
大歳社の奥深くには神秘の「おいとしぼし社」がお祀りされています。
まず、この社にお祈りしてから「おもかる石」を持ち上げます。そして、願い事を念じたあと、もう一度石を持ち上げたときに、石を軽く感じたら願いが叶い、重く感じたら難しい、というものです。
この「おもかる石」はいろいろな神社でも見かけますね。

反橋の前にあった「遣唐使進発の地」という碑が示すように、かつては海に面していて、まさに航海の安全を祈願する社だったのでしょう。
大阪湾が埋め立てられ、海岸線が遠ざかっていったあとは、現在のような商売繁盛・家内安全・開運招福が信仰の中心となっていったのだろうと想像しました。
今の姿の方が、どこか大阪らしさを感じます。




















