橿原市小綱町・入鹿神社

橿原市小綱町(しょうこちょう)に鎮座する入鹿神社は、日本で唯一蘇我入鹿をお祀りしている神社です。 小綱町のお隣は曽我町といい、飛鳥時代には蘇我氏の領地で、蘇我入鹿の母がこの地の出身で、彼自身もこの地で育ったのではないかとの伝説があります。

西方の曽我町を向いた鳥居

蘇我入鹿は横暴を極めた結果、乙巳の変(645年)で中大兄皇子・中臣鎌足らに殺害されたため、悪人のイメージがあります。
しかし、この地では蘇我入鹿は「学問の神」や「病気平癒の神」として崇敬されてきました。

明治に入り、政府から「蘇我入鹿を祀るのは不適切である」として社名の変更を求められたが、これを拒否したといいます。

これは、千年以上も前の逆臣とされる人物であるにもかかわらず、霊験あらたかな神様として深く信仰されてきた証でしょう。

入鹿神社

境内地には正蓮寺大日堂というお堂もあります。
この建物は普賢寺というお寺の本堂でしたが、普賢寺が明治の廃仏毀釈により廃寺となったため、正蓮寺の所有となりました。

お堂は室町時代(文明10年/1478年)に再建されたことが記録にあり、中には木造大日如来坐像、持国天像・多聞天像、大師像、子安地蔵像が安置されています。

正蓮寺大日堂

珍しいものとして、猫が描かれた涅槃図が伝わっています。涅槃図に猫が描かれるのは珍しく、全国でも十数例しかないそうです。

猫が描かれない理由としては

  • お釈迦様の薬を取りに行こうとするネズミの邪魔をしたから
  • 仏教に対する信仰心がないとされているから
  • 猫は死者の肉体を食べてしまうという伝承から

などの説があります。

この涅槃図は、大和国十市郡豊田村の吉村氏によって延享3年(1746年)に寄進されたことが記録にあります。
吉村氏も当然、猫が涅槃図に描かれないことを知っていたでしょう。あえて描いてもらったのでしょうか。吉村氏は猫が好きだったのかもしれません。

入鹿神社も大日堂も、こじんまりとして派手なものはないけれど、蘇我入鹿を祀り続け、数々の文化財を守ってきたという歴史に感銘を受けました。