當麻寺にお参りしました。
輪行で大和八木駅前まで行き、そこから寺までは自転車で走っていきました。
山門前はお参りの人で賑わっています。
自転車の駐輪スペースを探したのですが、特に見当たらず、「その辺に置いてもOK」とのことでした。こんなに大きなお寺なのに、意外だなあと思いながら、山門脇のすみっこの方に置かせていただきました。
いかめしい感じがなく、このお寺に親しみを感じました。

山門をくぐると、広々とした境内が目に入ります。
鐘楼、中之坊、金堂、講堂、本堂、そして一番奥には奥の院があります。

中之坊
中之坊は、當麻寺開創の際に役行者が龍神を出現させたという道場で、當麻寺最古の僧坊です。
中には中将姫が剃髪したという「中将姫剃髪堂」があります。

訪問したときはちょうど「ぼたん祭り」が開催されていて、名園「香藕園(こうぐうえん)」はぼたんが満開でした。
また庭園からは東塔を間近に見ることができます。
當麻寺に残る東塔と西塔は、建立当時の両塔がそろって建立当時の姿のままで残っている、日本唯一の塔です。どちらも国宝に指定されています。


本堂・曼荼羅堂
本堂では當麻曼荼羅、曼荼羅を掛ける厨子、そして須弥壇を見学できました。
當麻曼荼羅は、縦横ともに4メートルあり、非常に大きなものです。
全体的に黒ずんでいて、古さを感じましたが、それもそのはず、この曼荼羅は室町時代の文亀2年(1502年)に織られたものでした。500年もの間、厨子にかけられ、数え切れない人々に拝観されてきたのです。
須弥壇には螺鈿細工が施され、そのデザインがはっきり見て取れました。1300年も昔に造られたものなのに、今なおその輝きを失わないとは。
当時、制作を行った職人たちのクラフトマンシップに尊敬の念を抱きました。

金堂
金堂は、奈良時代の創建時には本堂として使われていました。源平合戦の戦火にあい、平安時代末期に修理が行われています。
内部には日本最古の塑像である「弥勒菩薩像」(国宝)や「四天王立像」(重要文化財)が安置されています。
「弥勒菩薩像」からは厳かな雰囲気を感じとれ、思わず引き込まれました。

奥の院
奥の院は応安2年(1370年)に浄土宗の子院として創建されました。本尊は法然上人像です。
當麻寺では真言宗と浄土宗の二つの宗派が並立しています。
弘仁14年(823年)に弘法大師空海が當麻寺に逗留したことをきっかけに真言宗の寺院と改められ、中将姫の「當麻曼荼羅」伝説が広まることによって、浄土信仰が根付いていき、現在の形になったようです。

中将姫
當麻寺には中将姫の伝説が残されています。
伝説では、蓮の糸を使って中将姫が當麻曼荼羅を一晩で織り上げたといいます。
17歳で當麻寺に入り、わずか29歳で生身(いきながら)のまま西方浄土へ旅立ったとされる中将姫。

奈良時代から平安時代にかけての仏教では、「女性は罪が深く、そのままの姿では極楽浄土へ行くことも、仏になることもできない」とされていました。
しかし、中将姫は信心があれば、女性でも極楽浄土へ旅立てることを示しました。
當麻曼荼羅による「極楽浄土のビジュアル化」と中将姫の伝説は人々に救いを与えたのでしょう。



















