竹内街道・長尾神社から綿弓塚、そして孝女伊麻の足跡へ

竹内街道は奈良県葛城市の長尾神社付近を起点とし、大阪府堺市までを結んだ日本最古の官道(国道)です。 今回、長尾神社から綿弓塚まで、竹内街道を走ってみました。

長尾神社

創建年は不詳ですが、主祭神として天照大神(あまてらすおおみかみ)と豊受大神(とようけのおおみかみ)、祭神として水光姫命(みつひかひめのみこと)と白雲別命(しらくもわけのみこと)をお祀りしています。

長尾神社は竹内街道だけではなく、横大路や長尾街道など、古代の主要な街道が交差する地に鎮座しています。
古代の大ターミナル駅だったのでしょうか。

【長尾神社で交差する3つの古代街道】

  • 竹内街道
    堺市・松原市・羽曳野市・太子町・竹内峠・長尾神社
  • 横大路
    長尾神社・大和高田市・橿原市・桜井市
  • 長尾街道
    堺市・松原市・羽曳野市・藤井寺市・柏原市・関屋峠・香芝市・長尾神社

交通の要衝ということから、長尾神社は国家安泰、家内安全、子孫繁栄、無病息災などに加え、交通の神様、災難除けの神様として信仰を集めてきました。

また、大神神社(おおみわじんじゃ) が蛇の頭で、長尾神社が蛇の尻尾という伝承が残っています。この「蛇」とは東西に伸びる 「横大路」のことで、横大路の東端(大神神社)と西端(長尾神社)が結びつけられているようです。

次に綿弓塚まで移動しました。国道166号の南を併走する細い道が竹内街道です。
距離にして約1km、標高にして40mほど登っていきます。

綿弓塚

松尾芭蕉は門人の苗村千里(なえむらちり)の出身地、竹内を訪れています。
『野ざらし紀行』に収められた「わた弓や琵琶になぐさむ竹のおく」の句を記念した碑が「綿弓塚」です。碑は芭蕉の没後115年後の文化6年(1809年)に建てられました。

『野ざらし紀行』とは、貞享元年(1684年)8月から翌年4月にかけて行われた、全行程約 2,000 km に及ぶ旅の紀行文です。
江戸から東海道で故郷の伊賀上野へ向かい、大和・京都・近江などを巡ってから、木曽路(中山道)や甲州街道を経由して江戸へ戻りました。

綿弓塚が立つ「綿弓塚休憩所」は造り酒屋を改造したもので、築約100年の建物だそうです。

竹内を訪れた芭蕉は、當麻寺なども巡り、数々の句を残しました。

元禄元年(1688年)にこの地を再訪した際には、「孝女・伊麻(いま)」に会い、伊麻の親を思う心に感激したというエピソードが残されています。

孝女伊麻旧跡

長尾神社から南方に伊麻を顕彰する「孝女伊麻旧跡」が残っています。 竹内街道からは少し離れますが、芭蕉つながりで立ち寄ってみました。

天保11年(1840年)に建てられたこの碑には、伊麻の生涯が紹介されていました。

  • 寛永元年(1624年)、現在の今市村(葛城市南今市)で生まれる。
    父の名は長右衛門。長兵衛という4歳年下の弟がいた。
  • 幼くして母を亡くし、継母に育てられた。
  • 伊麻は13歳で農家に、長兵衛は9歳で大阪へ奉公に出される。
    継母は父をそそのかし、二人は大阪に移住した。
  • 伊麻は農家を出て、竹内にある粕屋(かすや)という家に仕える。
    主人は、伊麻の親を思う心を知り、一軒の家を与えた。
  • 伊麻は喜び、機(はた)を織っては、売ったお金を父のもとへ送り続けた。
    弟の長兵衛も今市に戻り、桶屋を開業して父へ仕送りした。
  • しかし、父の暮らしは困窮し、とうとう継母は父を捨てて出ていった。
  • 驚いた伊麻姉弟は父を今市に連れ帰った。
    その後は、父の意向に従い「今市に10日、竹内に10日」と、長兵衛が父を背負い、伊麻が後ろを歩いて両方の家を行き来した。
  • 寛文11年(1671年)、疫病が大流行し、父が病に罹った。
    伊麻姉弟の看病も効果なく、食事が喉を通らなくなり危篤に陥った。
  • 「ウナギを食べさせれば、病気が治る」ということを聞きつけて、ウナギを探したが、手に入れることができず、姉弟は嘆き悲しんだ。
  • しかし深夜、水瓶の中から音が聞こえ、中を覗くと、大きなウナギが泳いでいた。
    大喜びした伊麻はすぐに調理して父に食べさせた。
    すると、あれほど重かった病がたちまち全快した。
  • この話は遠近の人々へ伝わり、郡山藩主から数多くの褒美を授けられた。
  • 2年後、父長右衛門は享年79歳で大往生を遂げた。
    その後、伊麻は住居を今市に移し、姉弟仲睦まじく暮らした。
  • 晩年は剃髪して名を「妙徳(みょうとく)」と改め、81歳で亡くなった(元禄17年/ 1704年)。

伊麻だけではなく弟の長兵衛も孝行息子ですね。

芭蕉が伊麻に会ったのは元禄元年(1688年)なので、奇跡のウナギから17年後のことです。
そのとき伊麻は64歳。芭蕉は44歳。
伊麻の話す苦労話に「思わず落涙し、裳裾を濡らした」というのですから、よほど感動したのでしょう。

それにしても、ウナギが急に現れるのは不思議です。もしかしたら二人の孝行ぶりを知っている人が、ウナギを捕まえて水瓶に入れてくれたのかもしれませんね。