備中松山の武家屋敷

備中松山城のお膝元の石火矢町に武家屋敷が2軒あります。
1軒は旧折井家、もう1軒は旧埴原(はいばら)家です。

旧折井家

『高梁市観光ガイド』によると、「江戸時代後期(天保年間・1831年〜1845年)に建てられたもので、160石の馬回り役の武士が住んでいた」ということです。
160石は、今のお金に換算すると約1,500万〜1,600万円ということなので、かなり高給取りの武士だったようです。

屋敷に入ると、折井家に仕える家来(の人形)が出迎えてくれました。
お辞儀した顔が上がった瞬間、思わずギョッとしました。
目の周りが落ちくぼみ、疲れきったような表情はまるで幽霊のよう。。。

奥にはお父さん、お母さん、そしてお子さんが座っています。

深刻な話でもしているのか、和気あいあいとした雰囲気はありません。先ほどの家来のインパクトが強すぎて、この3人も少し怖く感じてしまいました。

この建物の中には、古民家によくあるかまどなどが残されていました。
『高梁市観光ガイド』によると「母屋は書院造り。中庭の池や庭石、踏み石などはほぼ昔のまま」ということです。

裏庭の資料館には、鎧や刀などが多数展示されていました。 控えめな展示ではありますが、中身は充実しており、見ごたえがありました。 

旧埴原(はいばら)家

『高梁市観光ガイド』によると、「江戸時代中期から後期にかけて、120石から150石取りの近習役や番頭役などを務めた武士の住宅」ということです。

埴原家は備中松山藩主・板倉勝政(1759年〜1821年)の生母の実家ということで、寺院建築や数寄屋風の要素が取り入れられた珍しい造りをしているそうです。

火燈窓(かとうまど)なども、その要素の一つです。

埴原家住宅には「猫城主さんじゅーろー あしあと館」が併設されています。
受付でもらった「さんじゅーろークイズ」に答えて、かわいいステッカーをいただきました。

平成30年(2018年)の末に松山城の猫城主に就任した「さんじゅーろー」。
板倉家(旧松山藩主)19代当主・板倉重徳氏からの感謝状の授与をはじめ、地域づくり推進賞受賞や岡山県観光功労者表彰など、数々の賞を受賞しています。城主としてのPR活動だけでなく、「高梁市マイナンバーカード伝え大使」を務めるなど、大活躍でがんばっています。