トロッコ列車・嵐山駅のすぐそばに御髪(みかみ)神社が鎮座しています。
日本で唯一の「髪」の神社です。
ご祭神は理容業の始祖とされる藤原采女亮政之(ふじわら うねめのすけ まさゆき)です。

藤原采女亮政之は京都御所の警備役だった藤原基晴の三男です。
父・基晴が宝刀「九王丸」を紛失してしまったため、父と一緒にその刀を探して諸国を旅し、山口県の下関(当時の赤間関)にたどり着きます。
下関での生活を支えるため、政之は当時朝鮮半島から伝わっていた髪結いの技術を習得し、武士や庶民を相手に髪を整える店を開きました。
これが、日本における「専業の髪結い」の始まりとされています。

藤原采女亮政之が亡くなったのは建武2年(1335)。命日は4月17日、7月17日、10月17日という説がありますが、いずれも17日です。
昭和のはじめ頃まで全国の理美容業者は、采女亮の命日である17日を休日としていたそうです。
ちなみに、私の中では散髪屋さんの休みは月曜日と思っていました。これは戦争中の電力事情のためでした。(当時、月曜日は「休電日」とされていたため、電気を使う散髪屋は月曜日を休みとした)
朱色の玉垣には理容業界に携わる方々の名前が書かれています。

ギネスブックによると、世界最古の理髪店はイギリス・ロンドンにあるトゥルフィット&ヒル (Truefitt & Hill)という店で、1805年に創業されました。
記録に残る最古の理容師は、紀元前1300年頃までさかのぼり、古代エジプトのメリマアトという人物で、アモン神殿の祭司たちの髪や体を剃り上げる理容師でした。
「髪を整える」という行為は、職業としての成立を問わず、人類がはるか昔から続けてきた文化です。
人それぞれの髪型の好みがあり、頭の形も髪の生え方も千差万別です。いくらAIやロボットが進化を遂げたとしても、相手の個性に寄り添い、手仕事で整える理容の分野は、これからも人間が担い続けていくのではないでしょうか。




















