三国ヶ丘・方違神社

大阪府堺市に鎮座する方違神社(ほうちがいじんじゃ)にお参りしました。
創建は崇神天皇8年(紀元前90年)にまで遡ると伝えられています。
疫病が流行した際、崇神天皇がこの地に須佐之男命を祀らせたところ、疫病が終息したといわれています。

この地は摂津、河内、和泉の境界であることから「三国ヶ丘」といい、どこの国にも属さない「方位のない清地」ということで、方違いの信仰が生まれたようです。

ご祭神は方違幸大神(かたたがえさちおおかみ)といい、以下の4神が集まった神様です。

  • 八十天万魂神(やそあまよろずみたまのかみ)
  • 須佐之男神(そさのおのかみ)
  • 三筒男神(そこつつのおのかみ)
  • 息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)

方違神社は引越し、増改築、家の建築、会社や店舗の移転、交通安全などにご利益がある、方災除けの神様とされています。

境内は広々として、たくさんの人がお参りしていました。
夢を持って家を建てたり、転居したりするときに、災いの多い方へ行きたくないですよね。

平安時代の方違いについて調べてみました。

方違え(かたたがえ)

陰陽道の説により平安時代に行われた風習。
外出の際、目的地が禁忌の方角に当たる場合、まず「安全な方向」に移動。その場所で一泊し、方角を変えてから出発した。
以下の方位神を避ける。

  • 天一神(てんいちしん):天地を往復する神様
  • 太白神(たいはくしん):金星の精。兵法や殺生を司る神様
  • 大将軍(だいしょうぐん):方位神の中でも力が強い「大狂神」
  • 金神(こんじん):非常に凶暴な神
  • 王相神(おうそうしん):四季の移り変わりに関連する方位神

どの神様も怖そうです。しかも、この神様たちはじっとしておらず、それぞれ動いて場所を変えます。神様がいない方角を選んで移動するのは、非常に苦労を伴うものだったに違いありません。

反正天皇陵

方違神社の隣に反正天皇陵があります。
築造は5世紀中頃とされ、周囲には環濠が巡らされた、墳丘長148メートルの前方後円墳です。
反正天皇は第18代天皇で、父は第16代仁徳天皇、祖父は第15代応神天皇にあたります。いずれの天皇も大阪を拠点とした統治を行ったと伝えられています。

反正天皇の時代には、すでに方違いの神様は現在地に鎮座されていたと思われます。そのすぐ隣に陵を造ったのには、何か特別な理由があったのかもしれません。