呉服の伝来
応神天皇の時代、中国・呉の国から漢服(あやはとり)、呉服(くれはとり)が日本にやってきて、機織り、裁縫、染め物など、先進の服装文化・技術を伝えたという伝説があります。 染殿池 漢服、呉服の伝説のスタートは西宮です。松原天...
応神天皇の時代、中国・呉の国から漢服(あやはとり)、呉服(くれはとり)が日本にやってきて、機織り、裁縫、染め物など、先進の服装文化・技術を伝えたという伝説があります。 染殿池 漢服、呉服の伝説のスタートは西宮です。松原天...
JR伊丹駅前にある有岡城はかつて織田信長vs荒木村重の戦いの舞台でした。 戦いが始まったのは天正6年(1578)11月。村重側は有岡城、尼崎城、花隈城に籠城。この時期は播州三木城も反信長に立ち上がっており、本願寺とタッグ...
大阪・平野市にある大念佛寺は融通念仏宗の総本山です。 融通念仏宗は初耳でしたが、調べてみると古い歴史を持つ宗派でした。 日本最古の念仏道場という本堂は大阪最大の木造建築とのことですが、現在は改修工事が行われていて、見るこ...
伊丹市春日丘に和泉式部の墓と伝えられる五輪塔が残っています。五輪塔といっても、残っているのは水輪、風輪、空輪の三つで、最下段の地輪と三段目の火輪はありません。五輪塔には鎌倉時代後期の特徴が見られ、すべてが揃っていたら2メ...
慶長20年(1615)5月7日大坂夏の陣最後の戦いが天王寺で繰り広げられました。 茶臼山を本陣とした真田幸村他、豊臣方は55,000。対する徳川方は155,000。徳川家康をあと一歩のところまで追い詰めるも、力尽きた豊臣...
大阪、平野にある杭全神社には1000年を超える、平野の発展と切っても切れない歴史があります。 嵯峨天皇の時代(在位809~823年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂の子の広野麻呂が杭全荘を賜り、ここに永住。そして、貞観4年( ...
天王寺にある一心寺におまいりさせていただきました。一心寺のホームページには「お骨佛の寺・納骨とおせがきの寺」とあります。「お骨佛」、「おせがき」ともに一心寺の長い歴史から生まれたものでした。 山門がなんともユニークです。...
茶臼山にある統国寺は聖徳太子によって創建されたと伝えられる古い歴史のある寺です。 統国寺や大阪市のホームページによると次のような歴史を経て、現在に至っています。 大雄殿は大阪市の指定文化財に選ばれている大きな建物です。異...
大阪最強のパワースポットともいわれる堀越神社。聖徳太子により四天王寺七宮の一つとして創建されました。 神社の説明板には次のことが記されていました。 ご祭神の崇峻天皇は第29代欽明天皇の子で、兄の用明天皇のあとをついで即位...
聖徳太子が平野の野中に小さな庵を建立して薬師如来を安置したのが全興寺の起源とされています。そして、薬師堂ができてから人が住み始め、平野の町が広がっていったといいます。樋之尻口地蔵のそばにある古地図を見ると、環濠集落であっ...