高取神社にお参りしました。
神社は標高328メートルの高取山にあります。最初は行けるところまでロードバイクで登ろうかとも思いましたが、やめて正解でした。
とはいえ、山電・板宿駅から登山口までも延々と坂が続き、意外と体力を使いました。六甲山系の街だけあって、神戸は本当に坂が多いです。

登山口には高取山の由緒が書かれたパネルがありました。要約すると次のようになります。
- 高取山周辺では縄文時代から人が住み、弥生時代には南麓に集落が形成された。
- 高取山は水源や生活物資の供給地であり、安泰祈願や感謝を捧げる神祭りの場としても機能した。
- 神功皇后が高取神社の礎を築き、行基が港や耕地開発の守護神を合わせて祀ったと伝わる。
- 江戸時代には多くの祠が建てられ、生活資材の調達地であると同時に信仰の山としての性格が強まった。
- 明治以降は参詣者が増え、最盛期には参道に十軒の茶店が並んだ。
- 現在は行楽地として親しまれつつ、信仰と行事の山として受け継がれている。

登山道はよく整備されていて、多くの人が登っていました。走っている人の姿も見かけました。六甲縦走にトライしている人たちだと思います。
登山会の看板や、祠、茶店がありました。卓球台を置いている茶店まであって、ここで卓球をする人がいるのかと驚きました。また、店番をしている猫にも出会いました。

登り始めてから、約30分で高取神社に到着しました。

神社の前の展望台からは、ずっと向こうの大阪の方まで都会の街並みが続いていて、なんだか迫力を感じました。

奥の院へも行ってみました。
金高神社、春日大神祠、金一神社、猿田彦大神など、いくつもの社が集まっていて、ここが山頂でした。
江戸時代に多くの祠が建てられたという話は、これらの社のことを指しているのかもしれません。

また、六甲縦走路を歩いて5分ほどのところに荒熊神社がありました。
朱色の鳥居が連なっていて、きれいです。

最後に大灯籠を見ました。
大灯籠は明治43年(1910)に建立されて以来、灯明が守られてきました。しかし、大東亜戦争、平成7年(1995)の阪神・淡路大震災での倒壊を経て、平成13年(2001)の高取神社御鎮座千八百年記念事業で再建されました。

それにしても、板宿側から来る人、妙法寺側から登る人など、たくさんの人が訪れており、まさに市民に親しまれる山だと実感しました。


















