姫路市的形・湊神社

姫路市的形町に鎮座する湊神社は、万葉集でこの地が「まとがたの湊」と称せられたころから祀られたと伝えられています。
秋には7地区の屋台が練り出し、勇壮な祭りが繰り広げられます。

湊神社神門

湊神社の社殿は、標高約40メートルの宮山に建てられており、拝殿までは石段を上がります。

湊神社石段

これは姫路市南部の沿岸にある神社としては珍しい形態です。たとえば近くの大塩天満宮や白浜町の松原八幡神社、飾磨の恵美酒宮天満神社や津田天満神社などは、いずれも平地に社殿が建てられています。
湊神社が創建された当時は、海岸線が宮山のすぐ近くまで迫っていたのかもしれません。

ご祭神は素戔嗚尊と大歳大神で、御神徳は健康安全、必勝成就、勝運上昇です。社殿は江戸時代の建立で、その後改修が加えられています。

拝殿

石段のそばには万葉集に記された歌の歌碑があります。
円方の湊の渚鳥(すどり)波立てや 妻呼び立てて辺(へ)に近付くも
「的形の湊の渚(なぎさ)にいる鳥は、沖の波が高くなってきたからか、妻をしきりに呼びながら、岸に近づいて来ることよ」という意味で、海岸の情景が詠まれています。(ここ歌の「まとかた」は三重県松阪市黒部町との説もある。)

万葉歌碑

神功皇后が三韓征伐の途中、船上から山の上に立てた的に向かって矢を射た儀式から的形と名付けられたとされ、7世紀後半に活躍した僧・行基とも深い関係があります。

行基が的形を訪れた際、磯山(湊神社から約1キロ東南)に海嶽寺を開き、港や塩田の開発を行ったという伝承が残されています。

海嶽寺

また、磯山の西方の福泊は、行基が定めた摂播五泊(せっぱんごはく)の一つ「韓泊(からとまり)」の地とされています。

あまり知られていないかもしれませんが、的形にはこのように豊かな歴史が息づいています。

的形海岸