11月の終わり、紅葉を求めて再度山の大龍寺、修法ヶ原池に行きました。
市街地からの再度山ルートをヒルクライムで登るのは厳しいので、鈴蘭台の方からアクセスします。
北鈴蘭台の駅は標高360メートル、そこから県道16号を標高440メートルまで登り、分岐を再度山の方へ曲がります。標高350メートルまで一旦下り、400メートルまで登るというコースです。

大龍寺に向かう途中のルートでもきれいな紅葉が見られました。
修法ヶ原池
再度公園(ふたたびこうえん)の修法ヶ原池(しおがはらいけ)は大勢の人でにぎわっていました。
ただ、残念なことに一週間前が紅葉のピークだったようです。

延暦23年(804年)に空海が唐に渡るとき、再度山の大龍寺で旅の安全を祈願し、帰国後の大同2年(807年)に、お礼参りのために再び山に登りました。
山の名の「再度山」は空海が2度山に登ったからつけられ、「修法ヶ原池」は空海がこの地で修法(しゅほう)をしたことにちなんで名付けられました。(修法:密教で行う加持祈祷の法)
大龍寺

大龍寺の創建は神護景雲2年(768年)、和気清麻呂公によると伝えられています。
創建の伝説
神護景雲2年(768年)、和気清麻呂公が称徳天皇の命を受け、堂塔建立の霊地を探し求めていたとき、この地で道鏡が放った刺客に襲われた。すると、忽然と大蛇が現れて清麻呂を助けて消え去った。そして、大蛇が消えたあとに聖如意輪観音が立っておられた。
清麻呂公は伽藍を建立して大龍寺と名付けた。
道鏡の宇佐八幡宮神託事件は神護景雲3年(769年)のことです。この伝説が事実だとすれば、その前年からすでに和気清麻呂公と道鏡の対立が始まっていたことになります。

山門をくぐって、本堂へ続く坂を上がっていきます。
この坂道は、自転車で大龍寺まで来た脚にはこたえました。
しかし、道の脇には「毎日登山壱萬回塔」の碑が立っていました。碑の下方には名前が刻まれています。毎日この山を登っておられる方がいるのだと思うと、頭が下がります。
調べてみると、「毎日登山」は明治38年(1905年)頃から始まった神戸発祥の文化で、歩く道は、弘法大師空海が大龍寺に向かって歩いた「大師道」です。
現代に続く登山習慣にまで関係するとは、空海の影響力はすごいですね。

そして、本堂の前に立つと、疲れを忘れることができました。
まさに黄色の絨毯でした。

大龍寺は、さまざまな札所・霊場の一つとして位置づけられています。
- 神戸十三仏霊場第6番
- 近畿三十六不動尊霊場第9番
- 西国愛染十七霊場第5番
- 摂津国八十八箇所第82番
- 摂津国三十三箇所第6番
- ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第8番
- 神戸七福神(大黒天)
これだけ多くの札所に数えられていることからも、大龍寺が長い歴史を持ち、信仰の拠点として大切にされてきたことが伝わってきます。
大龍寺のホームページによると、ご利益は「大願成就のお寺」、「病気平癒のお寺、中風封じのお寺」と紹介されています。
大願成就は、弘法大師空海が大龍寺に祈願して、願いがかなったことからきています。
中風封じは、天授元年(1375年)に後円融天皇の中風が癒えたことからきています。(中風:脳血管障害の後遺症など)
私も、これからも健康で過ごせるようにと、お祈りしました。
古い歴史を持つ大龍寺は、さまざまなエピソードに彩られた美しいお寺でした。



















