四谷界隈を歩く

四谷界隈をぶらぶら歩いてみました。

西念寺

服部半蔵が開基という寺です。
西念寺には半蔵の槍が寺宝として残されており、服部半蔵の墓と徳川信康の供養塔があります。

服部半蔵という名は、一人だけのものではなく、代々受け継がれた通称でした。有名なのは2代目の服部半蔵で、鬼の半蔵と呼ばれた槍の名手だったそうです。いわゆる、忍者とはイメージが異なります。

服部半蔵の墓の横にある説明板によると「服部半蔵は、家康の長男・信康が切腹する際に介錯役を命じられたが、役目を果たせなかった。信康を弔うために庵を建て、西念と号し、仏門に帰依した」とありました。

徳川信康の供養塔は文禄2年(1593年)に服部半蔵が建てたものでした。
介錯の場で、半蔵は「三代にわたって仕えてきた主家の子に、どうして刃を向けられようか」と刀を投げ出してしまったそうです。

服部半蔵が亡くなったのは慶長元年(1596年)です。関ヶ原の戦いで家康が勝利する前のことでした。もし半蔵が生きていたら、関ヶ原の戦いでは大活躍したかもしれません。

須賀神社

次に、観音坂を下って四谷須賀神社へ行きました。
このあたりは高低差が大きいですね。意外と東京には坂があります。

須賀神社へは男坂と呼ばれる階段を登ります。映画「君の名は。」に出てきました。

映画では坂の上からの光景が描かれています。
海外からの観光客もたくさん訪れていました。
「君の名は。」は海外でもヒットして、当時日本映画として世界興行収入で歴代1位を記録しています。須賀神社は「聖地」の一つになっています。

四谷総鎮守である須賀神社では須佐之男命(須賀大神)と宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)が主祭神です。
三十六歌仙絵が文化財として保存されているそうです。

長谷川平蔵供養碑

四ツ谷駅の方へ向かおうと思い、戒行寺坂を下っていくと途中に、坂の由来となった戒行寺があり、長谷川平蔵供養碑が残されていました。

長谷川平蔵のことは、火付盗賊改を務めたこと、時代劇・鬼平犯科帳の主人公だということしか知りませんでした。供養碑の碑文を読むと、平蔵は石川島人足寄場を開設し、軽犯罪人や無宿者を収容して技能を習得させ、工賃の一部は積み立てて、出所時の更生資金にあて、授産所(職業訓練と就労支援を兼ねた施設)として成功させたとありました。素晴らしい事業をやってのけた人物でした。感心しました。

今回歩いた地域は、坂が多く、住宅地という印象を受けました。江戸時代から続く歴史や文化が、今も息づいている地域だと感じました。