橘寺は聖徳太子が生まれたところとされています。
生まれたのは欽明天皇元年(572)。父は欽明天皇第四皇子の用明天皇です。
当時、ここには第29代欽明天皇の別宮・橘の宮がありました。

推古天皇14年(606)、天皇の仰せにより太子は3日間にわたり勝鬘経を講讃しました。
すると、蓮の花が庭に1メートルも降り積もり、南の山に千の仏頭が現れ光明を放ち、太子の冠からは日月星の光が輝くという奇跡が起こりました。
これにより、橘の宮は橘寺に改められ、これが橘寺の創建とされています。

当時の寺域は東西870メートル、南北650メートルという広大なもので、四天王寺式に講堂、金堂、塔、門が一直線に並んでいたようです。塔は高さ約40メートルの五重塔でした。
その後、失火や戦乱に巻き込まれ寺は衰退していきましたが、元治元年(1864)に現在の本堂が再建されました。

境内には二面石という飛鳥時代の石造物が残されています。
右は善面、左は悪面といい、我々の心の持ち方を表したものだそうです。
境内で見たときはわからなかったのですが、写真をよく見れば、確かに左右それぞれ、顔の形をしていました。
この石を造った飛鳥時代の人々は、人間の心の二面性に思いを巡らせていたのでしょうか。

三光石という「太子の冠から日月星の光が輝いた」ことを表現するという石もあります。
石の上部が3つに分かれていて、これが日月星の光を表しているようです。

往生院は平成9年に再建された念仏写経研修道場です。天井には花の天井画が描かれていました。

橘寺が実際にいつごろ創建されたのかは現在も調査が進められています。
発掘調査によると、7世紀前半に小規模な堂が建てられ、7世紀後半に大規模な整備がされたと考えられています。また、当初橘寺は尼寺であった可能性もあるそうです。



















