
岡山県早島町に鎮座している鶴﨑神社は貞和6年(1350)に創建されたといいます。
ご祭神は大吉備津彦命荒魂(おおきびつひこのあらみたま)です。吉備津彦命は吉備に巣食うまつろわぬものを退治して、吉備の国を平定したという英雄で、桃太郎のモデルとされています。
祀られているのは平和な和魂(にぎたま)ではなく、荒魂(あらみたま)なので、荒々しいエネルギーをもった魂が鶴﨑神社にお祀りされているということですね。

鶴﨑神社は二つの宮がある両社宮の形式となっています。社殿は対称形をなしており、向かって右側が鶴﨑神社、左側が八幡神社です。明治になるまでは御崎宮といい、明治維新後に鶴﨑神社と改められました。

本殿は享保4年(1719)に再建されたもので、最も古い記録としては、天文4年(1535)に修理されたことがわかっています。
そして、本殿の横に吉備津彦命の「休息石」というものがありました。
説明板には神社に伝わる賀陽(かや)氏の古書に書かれた、以下のような記述がありました。
- この地が絶景だったので、吉備津彦命がたびたび訪れた。
- そのときには自然の岩石を仮の御座(みくら)として、お休みになった。
- 吉備津彦が亡くなられた後、浦人たちは吉備津彦命を慕い、命がお座りになっていた岩石の周囲に注連縄を巻き、祭壇を設けて吉備津神社の社家賀陽氏に依頼して祭祀を執り行った。
- やがて岩上に神社を建立し、賀陽氏が御崎大明神(おんざきだいみょうじん)と命名した。
昔は地形が大きく異なっており、このあたりは景色の良い海岸線で、海に浮かぶ児島が見えたのでしょう。吉備津彦命がお座りになった岩石が神社の始まりということなので、鶴﨑神社で吉備津彦命を祀るようになったのはかなり古そうです。
そして、説明板にはさらに記述が続いていました。
平成20年(2008)、社殿の改築工事中に、「賀陽氏古書」に記されているとおりに「休息石」が出土したため、ここに安置する。

なんと、吉備津彦命がお座りになった岩石が発見されたというのです。
注連縄を巻かれた石は意外と小さく、上が平らなので、椅子として使うのに手頃な大きさに見受けられました。
それにしても、古書の言うとおりの場所から出土したというのは奇跡ですね。
境内の横にある金毘羅宮の奥には縁結びの木が生えています。
よくある、根元で幹が二股に分かれている木だと思っていたのですが、少し異なっていました。

ここの縁結びの木はクスノキが二股に分かれ、その間に別の木(カシノキ)が生えています。クスノキとカシノキでは木の肌が全く違うので、2本の木の違いがはっきりわかります。こういう風に別の木が絡んでいるのは珍しく、クスノキの股から生えたカシノキが母さんから生まれた子どものように見えました。
鶴﨑神社は創建650年。毎年正月には、イグサで作る干支人形が話題になるそうです。
地元の人に親しまれ、大切に守られている神社なのだと感じました。



















