菅原道真公が祀られている太宰府天満宮にお参りしました。甥っ子が今年大学受験をします。それのお参りをお参りを買いました。
天満宮に着いたのはお昼前。お腹が空いたので、門前町のお店でつまみ食い。色々な店があって楽しい。梅ヶ枝餅も美味しかった。
道真公は政敵の藤原時平の陰謀によって太宰府に流されます。そして、その2年後、延喜3年(903)の2月25日に亡くなられました。59歳でした。門人の味酒安行(うまさけやすゆき)が道真公の葬地を求めて霊柩を牛に引かせて進んだところ、今の本殿付近で牛が伏して動かなくなった。そこで、その地を墓所としたのが太宰府天満宮の始まりと伝えられています。また安行は道真公の49日に観音堂を建てて祀り、延喜5年(905)信託によって神殿を建立。さらに同10年(911)安楽寺を創建しました。
道真公の死後、京の都では落雷による火災がなどが起こると、これは道真公の祟りである、道真公は天に無実を訴え、生きながら天満自在天神となり、死後は怨霊となったと恐れました。
しかし、太宰府の道眞公は恨みを持たず、仏道と詩作、謹慎に明け暮れたとされます。また、帰京も固執せず、かねてから自分の遺骨も京に返すに及ばずと遺言したと言われます。
心字池に架かる橋は手前から太鼓橋、平橋、太鼓橋の三つ。過去・現在・未来を象徴するといいます。池と紅葉がきれいでした。
太宰府天満宮の社殿は明応7年(1498)、永禄10年(1567)、天正6年(1578)と3度兵火により消失しています。現在の本殿は小早川隆景が天正19年(1591)に再建したものです。
播磨では色々な神社に「菅公お手植えの松」伝説があって、菅公=松という感じがしますが、やっぱり梅なんですね。
大楠は樹齢1000年から1500年と伝えられています。ものすごく大きい木です。天然記念物に指定されています。
本殿は兵火にあって萌えていますが、この樟はそういう危機を乗り越えて今に残ってくれました。もしかしたら、菅原道真公が大宰府に来たことを見ているかもしれません。
2022年の干支、トラのフラワーアートがありました。来年こそはコロナがなくなるといいですね。