神戸平野・平清盛の足跡
仁安2年(1167)に太政大臣を辞した平清盛公は出家し、10年以上平野に住みました。その間に大輪田泊の修築、経ヶ島の築造、 対宋貿易などの大事業を行いました。 元永元年(1118)伊勢平氏の棟梁・平忠盛の嫡子として生まれ...
神戸仁安2年(1167)に太政大臣を辞した平清盛公は出家し、10年以上平野に住みました。その間に大輪田泊の修築、経ヶ島の築造、 対宋貿易などの大事業を行いました。 元永元年(1118)伊勢平氏の棟梁・平忠盛の嫡子として生まれ...
兵庫丹波市の水別れ公園は本州一低い分水界。標高わずか95mここから水は、南は瀬戸内海、北は日本海へ流れていきます。分水界がどういうものか興味が湧いたので、水分れ公園へ行ってみました。 いそ部神社 水分れ公園の入り口にいそ部神...
兵庫丹波市柏原に「おさんの森」と名付けられた森があります。天和3年(1683年)京都、大経師の妻おさんが奉公人と駆け落ちした事件の遺跡です。 おさんは京都の烏丸通り四条の大経師意俊の妻。女中のお玉の仲介で、おさんと手代の茂兵...
兵庫田ステ女は江戸時代元禄期の女流俳人です。寛永11年(1634)、柏原藩(兵庫県丹波市柏原)に生まれます。 ステ女が生まれた柏原藩は織田信長の弟・織田信包が立藩した藩で、ステ女が生まれた当時は、3代目・織田信勝が藩主でした...
神戸神戸市平野にある祇園神社にお参りしました。 ご祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)。 貞観11年(869)、京都に疫病が流行しました。このたたりを鎮めるため、姫路にある廣峯神社から牛頭...
神戸寿永3年(1184)2月7日、一の谷の合戦が始まります。源氏方は東から源範頼、西から源義経が攻めます。平氏方は生田の森に陣を敷いた平知盛が東の防御。西の防御は平忠度、北は平盛俊。激しい戦いの中、義経による逆落としの攻撃が...
兵庫江戸時代、丹波市柏原は織田家が治めた土地でした。織田信長の弟・信包から3代続きますが、嫡子がいなかったため御家断絶。その後、幕府の天領時代を経て、織田信休が柏原藩を再興。その後、明治維新まで柏原を治めました。 JR柏原駅...
神戸駒林神社は長田港に面して鎮座されています。昔から駒林神社は海に関係する重要な役割を果たしていたようです。 駒林神社宮司 中山信一氏が書かれた「左義長の研究」という資料には次のようなことが記されていました。 務古(武庫)の...
神戸大倉山公園を歩いていたら大きな石のモニュメントのようなものがありました。伊藤博文の像の台座でした。 第二次世界大戦まではこの台座の上に高さ3mの伊藤博文の像があったそうです。自身が中心となって起草した帝国憲法の草案を持ち...
神戸長田神社にお参りしました。長田神社のご祭神は事代主神。日本書紀に長田神社創立の物語が語られています。 新羅より帰ってこられた神功皇后の船が浪速の津に入ろうとしたところ、大阪の海上で船がぐるぐるまわり進まなくなってしまった...