市川町にある岩戸神社に行きました。
正中元年(1324)にこの地に移されたという古い神社です。
古そうな石鳥居をくぐり、岩戸川にかかる朱色の橋を渡ります。
現在の本殿は寛保元年(1741)に建てられたものでした。
岩戸川や岩に囲まれたところなので、コンパクトにまとまっています。
今回のように鳥居から朱色の橋を渡ってくるのではなく、右手にある拝殿の正面にある木橋を渡るのが正式な参拝ルートです。
神社の説明板には延宝2年(1674)には姫路城主・松平大和守が参拝したとあります。
この松平大和守は松平直矩公のことで、越前大野→姫路→越後村上→姫路(2回目)→豊後日田→出羽山形→陸奥白河と何度も国替えを命じられ、「引越し大名」と呼ばれた大名です。
松平大和守が岩戸神社に来られたのは2度目の姫路藩主のときでした。
境内の風致を称賛しているとのことですが、当時も、今と同じように樹齢数百年を思わせる木に囲まれていたのでしょう。
でも、今では見られなくなった光景があったようです。
境内には大杉の小屋があります。
大杉は神社がここに建立されたときには自生していたとされ、樹齢700年というものでした。
しかし、180年前から空洞化が進み、昭和54年には内部が火事になり、平成16年に台風によって上部1/3が折れてしまいました。平成17年に伐採されています。高さ38メートル、周囲6メートルの大きさです。
この大杉が建っている、松平長矩公が見た境内は今の景色とは違っていたでしょう。
拝殿に入るとたくさんの絵馬が奉納されていました。
彫刻が立派です。
彫刻は柏原(現丹波市)の久須善兵衛政精、中井丈五郎、中井丈吉という彫刻師によるものです。
社殿の前に開運祈願の木札が置いてあります。普通は絵馬だと思うのですが、岩戸神社では丸い木札です。
1枚50円で札を買って、願い事を書きます。そしてそれを玉垣の中から川向うにある枠の中に投げ入れます。枠に入った木札はとんどで焼いてくれるそうです。
でも、入らなかったら、もう一度木札を買ってやり直してくださいとのこと。
枠のところを見たら、周りに落ちている木札はなく、ほとんど枠内に入っているようです。
また、枠内に入っている木札の数が多いです。岩戸神社は人気があるのだなと思いました。
以前は岩田神社の周辺にクリンソウがたくさん自生していたそうです。その数が減ってきたことから、神社の前に畑を作ってクリンソウを残そうとして育てておられます。
クリンソウ(九輪草)
日本固有種で、五重塔の屋根についている九輪(金属の棒)に似ているからその名がついた。
花言葉は「幸福を重ねる」、「物思い」。
4月〜6月に花を咲かせる。
岩戸公民館前のクリンソウ自生地にきれいな花を咲かせていました。