宍粟須行名・名畑観音堂

名畑観音堂には新田義貞が伊和神社に奉納したという梵鐘があります。
新田義貞は鎌倉に攻め込んで鎌倉幕府を滅亡に追いやった武将です。
新田義貞にまつわるものが播磨にあるのは不思議でしたが、新田義貞は鎌倉幕府を滅亡させた功績で播磨国守護に任命されていました。

観音堂

新田義貞は関東の人のイメージが強いので、播磨に縁があるとは知りませんでした。

梵鐘は江戸時代の万治三年(1660)、寛文六年(1666)に損傷して鋳直し、貞享二年(1685)に再び鋳造されたと伝えられています。

梵鐘

須行名に鎌倉幕府滅亡、建武の新政などの歴史と関係する史跡があるとは予想外でした。
知らないことがいっぱいありますね。