「お夏清十郎」のヒロインお夏の遺跡が備前市片上に残っています。
お夏が営んだという茶屋跡、お夏の墓、さらに清十郎の首塚があります。
正覚寺
清十郎が刑死の後、お夏は実家で暮らしていたが片上に正覚寺を訪ねてきたと伝えられています。
しかし、正覚寺にお夏を置いておくことができず、お夏は近くの暮坂峠で茶屋を開いたとされています。
お夏茶屋
暮坂峠は旧山陽道。
そこにお夏の茶屋跡があります。
「天性の美貌と評判で店は繁盛した」と書かれています。
西鶴が書いたお夏清十郎の元になる話は本当にあった話で、天皇陛下のお耳にも聞こえたといいます。
有名なお夏がここにいると知ったら、会ってみたいと思ったでしょう。
お夏の墓
お夏茶屋から徒歩数分のところにお夏の墓があります。
茶屋を開いたお夏は70余歳まで生きたそうです。
墓の横にお夏追悼碑があります。
「情熱の 炎となりて 燃えつくる お夏のみたま ここに鎮まる」と刻まれています。
清十郎の首塚
驚くことに清十郎の首塚まであります。教証様というようです。
清十郎は刑死したので姫路に墓はありません。
お夏は清十郎の遺骨をここに埋めたのかもしれません。また、正覚寺裏に埋めた清十郎の遺骨を守り抜いたと言う話もあります。
清十郎との恋が悲劇に終わったとき、お夏は16歳でした。
その後のお夏は片上移住説以外に、尼になった、室津で海に身を投げて死んだ、小豆島へ嫁いだ、といろいろな説があります。
いずれにしても、お夏が清十郎との悲恋を乗り越えて、幸せになっていてくれたらいいですね。
お夏は姫路の大店但馬屋の娘。清十郎は室津の造り酒屋の息子。
但馬屋に務めるようになった清十郎とお夏と清十郎は相思相愛になる。
しかし、大店の娘と奉公人の恋は許されない。
二人は駆け落ちするが捕まってしまう。
清十郎はかどわかしに加え、店の金を持ち逃げした罪を着せられ打ち首。
そして、お夏は気が狂ってしまうという話です。