神戸・相楽園
紅葉の相楽園を訪問しました。 相楽園は神戸市中央区にある庭園で、明治時代に造営されました。相楽園の名は「易経」から取られたもので、「和悦相楽、わしてよろこびあいたのしむ」を意味しています。 相楽園は神戸市長であった小寺謙...
神戸紅葉の相楽園を訪問しました。 相楽園は神戸市中央区にある庭園で、明治時代に造営されました。相楽園の名は「易経」から取られたもので、「和悦相楽、わしてよろこびあいたのしむ」を意味しています。 相楽園は神戸市長であった小寺謙...
神戸神戸市兵庫区にある上野山願成寺(がんじょうじ)。ここには平通盛とその妻小宰相の比翼塚があります。比翼塚とはウィキペディアによると「愛し合って死んだ男女、仲のよかった夫婦を一緒に葬った塚」とあります。平通盛と小宰相も仲が良...
神戸江戸城明け渡しなどで活躍した勝海舟。幕臣で江戸っ子のイメージを持っていましたが、神戸にゆかりがあり、神戸発展の基礎を築いた人物でした。 勝海舟は文政6年(1823)、江戸深川両国に生まれました。両国公園に「勝海舟生誕の地...
神戸仁安2年(1167)に太政大臣を辞した平清盛公は出家し、10年以上平野に住みました。その間に大輪田泊の修築、経ヶ島の築造、 対宋貿易などの大事業を行いました。 元永元年(1118)伊勢平氏の棟梁・平忠盛の嫡子として生まれ...
神戸神戸市平野にある祇園神社にお参りしました。 ご祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)。 貞観11年(869)、京都に疫病が流行しました。このたたりを鎮めるため、姫路にある廣峯神社から牛頭...
神戸寿永3年(1184)2月7日、一の谷の合戦が始まります。源氏方は東から源範頼、西から源義経が攻めます。平氏方は生田の森に陣を敷いた平知盛が東の防御。西の防御は平忠度、北は平盛俊。激しい戦いの中、義経による逆落としの攻撃が...
神戸駒林神社は長田港に面して鎮座されています。昔から駒林神社は海に関係する重要な役割を果たしていたようです。 駒林神社宮司 中山信一氏が書かれた「左義長の研究」という資料には次のようなことが記されていました。 務古(武庫)の...
神戸大倉山公園を歩いていたら大きな石のモニュメントのようなものがありました。伊藤博文の像の台座でした。 第二次世界大戦まではこの台座の上に高さ3mの伊藤博文の像があったそうです。自身が中心となって起草した帝国憲法の草案を持ち...
神戸長田神社にお参りしました。長田神社のご祭神は事代主神。日本書紀に長田神社創立の物語が語られています。 新羅より帰ってこられた神功皇后の船が浪速の津に入ろうとしたところ、大阪の海上で船がぐるぐるまわり進まなくなってしまった...
神戸平家の武将・平忠度の腕塚、胴塚が神戸市長田に残っています。平忠度は平清盛の末弟。武勇に優れただけではなく、歌人としても名高く、藤原俊成に師事し勅撰和歌集に11首が採用されています。 平忠度は一ノ谷の戦いでは西木戸を守る大...