高砂・加茂神社

高砂竜山の観濤処のふもとにある加茂神社にお参りしました。

ご祭神は賀茂建角身命と玉依姫命です。

拝殿 かなり古びています。

何やら、いわくありげな石が置かれています。

この石を使って、地元の住民グループ「石の宝殿研究会」が加茂神社を「恋の社」、「恋のパワースポット」として面白いアピールをしています。

この石は900年前の手水石で、手水鉢は葵紋といってハート型をしています。
加茂神社の神紋が葵紋なので、手水石を葵紋型(ハート型)にくり抜いたのではないかという説です。しかも、日本最古の手水石とも主張されています。
手水鉢に突き立てられている破魔矢には縁結びの願いが込められているそうです。

ハート型にくり抜かれた手水石

次は「連理の木」です。
連理をコトバンクで調べると次のように解説されています。

一つの木の枝が他の木の枝と相つらなって、木目の相通じること。古来、吉兆とされる。
男女の契りの深いことにたとえていう語。

コトバンク 精選版 日本国語大辞典より

二本の木が合わさっています

恋のパワースポットにふさわしい言葉でした。

観涛処へ登る石段の脇に法道仙人の空鉢塚がありました。

法道仙人
前略  インド霊鷲山にこもって仙術を修業した。その上仙人は不思議な術を心得ていて、自分は山でお経をあげていながら、空の鉢を空中に飛ばして、お布施を受けていた。
みんなは法道仙人とよび鉢が飛んでくると食物や水を入れて帰した。
仙人はよく竜山の岩の上に鉢を置いて沖合を通る船に飛ばして食物を得たといわれる。 後略

説明看板より

法道仙人はインドから雲に乗って日本にやってきたという仙人で、加西の一乗寺など、多くの寺を開いた謎の人物です。

この塚は画家曽我蕭白の弟子蕭月が設計したものだそうです。

空鉢塚

曽我蕭白は享保15年(1730)に生まれて、天明元年(1781)没なので、江戸時代中期の人物です。約250年前には、この塚は造られたんですね。

芭蕉句碑もありました。

「花咲いて 七日鶴見る ふもとかな」という句です。

江戸後期の俳人 桜井梅室(1769〜1852)の書です。

加茂神社はひっそり立っっているのですが、平安時代の手水石とか、江戸時代の空鉢塚、芭蕉句碑があり、意外と楽しいところでした。