氣比神宮

敦賀の氣比神宮におまいりしました。
主祭神の氣比大神は神代の時代からこの地におられた神様。
大宝2年(702)、神社が造営され仲哀天皇、神功皇后が合祀されました。また、日本武命、応神天皇、玉姫命、武内宿禰命の四柱神がを四社之宮に奉斎されています。

鳥居が立派です。
広島の厳島神社、奈良の春日大社と並ぶ日本三大鳥居(日本三大木造鳥居)の一つです。
もともとは、創建は弘仁元年(810)。康永2年(1343)の暴風で倒壊。正保2年(1645)に再建されました。鳥居の両柱は佐渡から調達した榁の大木で建てられたと伝えられています。国の重要文化財に指定されています。

境内は広々しています。
中央にあるのは旗掲松(はたかけのまつ)。
南北朝時代の延元元年(1136)、北朝の足利軍に対して、当神宮宮司氣比氏治が南朝後醍醐天皇を奉じ氣比大明神の神旗を掲げたと伝えられる松です。
現在の松は初代旗掲松から芽吹いた2代目です。

中鳥居
拝殿

本殿の左側には九社之宮と呼ばれる9つの社とその奥には神明両宮という2つの社があります。

九社之宮
神明両宮

古殿地、土公という場所があります。氣比大神が降臨された地とされ、氣比神宮の聖地となっています。
大宝2年(702)に神社が造営される前は、この土公の地で祭祀が営まれていたそうです。

「土公は陰陽道の土公神の異称で、春はかまど、夏は門、秋は井戸、冬は庭にありとされ、それぞれの季節にはそこを普請することを避けてきたが、ここの土砂を撒けば悪しき神のたたりはないと深く信仰されていた」、という説明がありました。
狛犬のたてがみが長髪のおかっぱのような形で、ちょっと可愛らしい感じがしました。

土公
ちょっとかわいい狛犬

大神下前神社、兒宮(このみや)、角鹿神社(つぬがじんじゃ)が並んでいます。

兒宮は子宝、安産の神様です。
拝殿横の狛犬は大きさが明らかに違います。これは母と子を表しているそうです。

兒宮(このみや)

角鹿神社のご祭神は都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)。崇神天皇の時代、朝鮮から渡ってきて貢物を奉ったとあります。
この神社もすごく古い歴史がありそうです。
敦賀のもとの地名は「角鹿」で、この神社がその名の由縁でした。

角鹿神社(つぬがじんじゃ)

昭和11年、陸軍関係者が武運長久を祈願して献木されたユーカリの木。北陸の寒冷地で生育するのは珍しいとされており、敦賀市指定天然記念物に指定されています。
武運長久を祈るために選んだ木がなぜユーカリなのでしょうか。

ユーカリの木

境内の一角に松尾芭蕉の像がありました。
芭蕉は元禄2年(1689)8月、おくのほそ道の旅の途中、敦賀に入ります。
敦賀で名月を見ることを楽しみにしていた芭蕉。敦賀に到着した日は中秋の名月の前日。明日は雨になるかもしれないということで、さっそく、氣比神社にお参りしました。
そこで詠んだ句が「月清し 遊行のもてる 砂の上」。
次の日は予想通りの雨。「名月や 北國日和 定なき」と詠みました。

松尾芭蕉像
重さ約 30 tという巨大な句碑

氣比神社は色々なエピソードがある神社でした。
松尾芭蕉の「おくのほそ道」は東北を旅していたというイメージがあったので、芭蕉がここを訪れていたとは新しい発見でした。