神戸奥平野・祇園神社

神戸市平野にある祇園神社にお参りしました。

ご祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)。

貞観11年(869)、京都に疫病が流行しました。このたたりを鎮めるため、姫路にある廣峯神社から牛頭天王の分霊が京都八坂神社へお遷りになりました。
その御分霊のお神輿が廣峯神社と縁があった徳城坊阿闍梨の案内で、この地で一泊されました。
その神輿がここで一泊したと伝えられています。
このことに感激した地元の人々がお祀りしたのが、祇園神社の始まりとされています。
神社のそばの「天王川」、有馬へ続く「天王谷」の名は牛頭天王から来ています。
そして、もともとインドの神様であった牛頭天王は日本では素盞嗚命と同一と考えられました。

神社に登る石段に疫病退散ののぼりがありました。
茅の輪くぐりの素盞嗚命/牛頭天王は疫病退散の神様。
コロナの疫病退散にぴったりです。

石段を登る途中に石燈籠と風車燈籠があります。
石燈籠は奥平野出身の大富豪・生島四郎氏の奉献。生島四郎氏は江戸末期〜明治初期の大富豪で勝海舟とともに神戸開港、外人居留地の開拓に尽力したと記されています。
風車燈籠は有馬街道祇園坂における景観の企画提案ということで、風車っぽくない風力発電装置です。名前は「エウロス」。羽がないので、街の景観に溶け込めそうです。

生島四郎氏の奉献の石燈籠
風車エウロス

石段を登ると社殿が現れます。
裏山の緑がきれいです。

正面が拝殿、その裏に本殿が配置されています。
本殿には素盞嗚尊と櫛稲田姫命、右の皇太社に天照大神、左の春日社に天児屋命がお祭りされています。

境内
拝殿
本殿

きゅうりを輪切りすると、神社の神紋に似ていることから、古来よりご神前にきゅうりをお供えして「厄除け、疫病除け、無病息災、家内安全等」を祈念する風習があるようです。絵馬にはきゅうりが描かれています。

きゅうり絵馬

境内奥には一願石という大石がありました。
祇園神社が当地に創建されて以来、境内に鎮座するといわれている霊石だそうです。
この石に一つだけ真心を込めて願い事をすると、その願いは成就するということです。

一願石

仁安2年(1167)に太政大臣を辞した平清盛公は出家し、10年以上平野に住みました。
その間に大輪田泊の修築、経ヶ島の築造、 対宋貿易などの大事業を行いました。
清盛公は祇園神社の裏山にあったとされる潮音山上迦寺で、海の響きを聞きながら、その計画を練ったということです。

今、海は見えませんが、当時は海がもっと近くにあったのだと思います。
清盛公はここから海を見つめて、こうしようと考えるのは楽しかったでしょう。