水戸・偕楽園と常磐神社

水戸の偕楽園と常磐神社を訪問しました。偕楽園を訪れるのはこれで2回目です。
前回は庭園と「好文亭(こうぶんてい)」を見ましたが、今回は表門、吐玉泉(とぎょくせん)、徳川光圀公と徳川斉昭公をお祀りする常磐神社などを見ることができました。

偕楽園

表門は偕楽園の正門です。豪華ではないけれど、古風な趣を感じさせる門です。
表門を入ったところにある一の木戸とその向こうに見える林も静けさを感じさせます。

孟宗竹林も見事です。
斉昭公が弓の材料にするために、京都の石清水八幡宮の竹を移植したものが始まりと言います。この竹林からいったい何張りの弓が作られるのでしょうか。

吐玉泉は夏でも冷たく、玉のように澄んだ水が絶え間なく湧き出ることから、この名が付けられました。
造園当時から枯れたことがなく、1日約100トンも湧出しているそうです。

現在の吐玉泉は4代目のものです。
使われている石は「寒水石(かんすいせき)」と呼ばれる大理石で、茨城県北部の多賀山地から産出される「真弓石」とも言われる水戸藩の特産品だったそうです。
常磐神社の境内に寒水石が展示されていました。

広大な庭園には数千本の梅が植えられていますが、訪れたときにはほとんど散っていました。見頃を過ぎていたのは少し残念でした。

常磐神社

続いて常磐神社にお参りしました。

ご祭神は、高譲味道根命(たかゆずるうましみちねのみこと・徳川光圀公)と、押健男國御楯命(おしたけおくにのみたてのみこと・徳川斉昭公)です。
水戸黄門こと徳川光圀公は水戸徳川家の第2代藩主です。徳川斉昭公は第9代藩主で、最後の将軍・徳川慶喜公の父です。二人とも水戸徳川家にとって重要な人物です。
御神徳は学業成就、除災招福、厄除開運ということです。

創建は明治6年(1873年)です。翌明治7年に社殿が造営されました。
創建時の社殿は戦災で焼失し、現在の本殿は昭和34年(1959年)に再建されたものです。

境内にある三木神社には、幼い徳川光圀公を養育した三木夫妻がお祀りされています。
神社の説明板には次のことが書かれていました。

  • 子孫の三木啓次郎氏が、松下電器(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏が苦労されていた若い頃に援助を行った。
  • 昭和40年(1965年)の三木神社御鎮座の際には、幸之助氏から寄進があった。
  • テレビの『水戸黄門』のスポンサーは松下電器だった。

人の縁のつながりを示すエピソードですね。

社殿の背後には備前焼の狛犬がありました。水戸で備前焼の狛犬に会えるとは予想もしていなかったので驚きました。
説明板に「明治8年(1875年)に現小美玉市の伊能林兵衛、新兵衛らによって寄進された」とありました。
岡山、特に備前地方の神社には備前焼の狛犬がありますが、水戸では珍しくて、貴重なものだったのでしょう。どのような経緯で林兵衛が備前焼を選んだのか、興味をそそられます。

また、狛犬に並んで「仰景碑」、「万世に伝う碑」が建っていて、それぞれ斉昭公の事績を顕彰しています。
備前焼の狛犬の奉納を含めて、斉昭公の治世の素晴らしさと、当時の人々が斉昭公を深く敬っていた様子を示すものだと思いました。