あいな里山公園

神戸市北区にあるあいな里山公園。
ここには一の谷を攻めた源義経にまつわる「相談が辻の家」や「白拍子の家」があるということで訪問しました。
あいな里山公園は里山の自然や暮らしを体験できることをコンセプトにした国営公園です。
広大な敷地の中に古民家が点在し、棚田、畑が広がっています。

白拍子の家

白拍子は「しらびょうし」ではなく「しらべし」と読みます。
義経一行はここで舞や宴を催したとされています。

白拍子の家と展示されている建物は、江戸時代末期(19世紀前期)に建てられたもので、庄屋の家と伝えられています。
茅葺き屋根で天井板がないため、部屋が広く感じます。

白拍子の家

相談が辻の家

三草山合戦で平家を破り、愛那まで来た義経一行が、鵯越へ向かうか、一の谷に向かうかの軍議を行ったとされています。
この建物も源平時代のものではなく、明治時代初期より前に建てられた旅籠ということです。

相談が辻の家

「相談が辻の家」や「白拍子の家」以外には「伝庫の家」、「里山情報館」、「農村舞台」などがあります。

伝庫の家

江戸時代初期(17世紀中期)の農家です。
縁側におじいさん、おばあさんと息子?のカカシが三人並んで座っています。
茅葺の屋根が大きくて立派です。

伝庫の家

農村舞台

農村舞台は古民家ではなく新築されたものです。
昔は歌舞伎、芝居、文楽などが住民によって演じられていました。
神戸市北区には多くの農村舞台が残っているそうです。

農村舞台

里山情報館

里山情報館に義経の進軍ルートの図がありました。

義経の行程(他の説もあります)
2月4日:京都を出発した。
2月5日:三草山(加東市)に布陣する平資盛の軍を夜討ちによって破る。
2月6〜7日:藍那に到着。
2月7日早朝:一の谷の合戦。鵯越の逆落とし。

3日ほどで京都・三草山・藍那・神戸と100キロメートル以上の大移動をやってのけています。
当時としてはものすごいスピードだったと思います。

義経の進軍ルート

あいな里山公園にある建物は、地域に残っていた古民家を移築してきたもののようです。
さすがに、源平時代の建物がそのまま残っているというわけではないですね。