八徳山八葉寺

「播磨六山」のひとつである八徳山山上の八葉寺まで自転車で登りました。標高204m。きつい山登りでした。

この寺は、播磨西国三番札所で播磨天台六か寺の一つに数えられる古刹です。
天平八年(736)、行基上人の開基と伝えられ、平安時代「日本往生極楽記」を書いた寂心上人が中興したのが始まりとされています。
毎年一月七日に修正会鬼会式(鬼追い)が行われます。
これは不動明王、毘沙門天の化身とされる赤鬼、青鬼が「息災延命」「五穀成就」の願いを込めて踊るものです。

姫路市教育委員会の説明板より

開基が736年、中興が平安時代の990〜994年。
古い歴史を持つお寺です。

八葉寺を再興した寂心上人の俗名は慶滋保胤です。日本往生極楽記を書きました。
日本往生極楽記は往生伝といい極楽往生を遂げた人の伝記を集めたもので、日本往生極楽記は日本で最初の往生伝とのことです。
聖徳太子、行基など45人の伝記が書かれています。
保胤は漢詩人としても有名でしたが、無常を感じて出家。諸国を遍歴しましたが、播磨の地が気に入って八徳山八葉寺を開きました。
保胤は八徳山に来て、山は八花葉の嘉瑞を表し、水は八切徳の清流を吐くと、現地の風光を仏界にもまさると受け止め、堂塔の建立に励んだと伝えられています。

八葉寺への道案内の石碑があります。いかにも古くからあるお寺に行く感じがします。
しかし、ここからの山登りが大変でした。

道端にはたくさんの石仏がおられました。

登り坂があまりに急で、自転車を漕いで登ることはギブアップ。自転車を押して登りました。

汗だくになって、八葉寺に行こうとしたことを少し後悔したところで建物が見えました。地蔵堂です。

地蔵堂
お地蔵様?が並んでいる

あと200mです。
がんばろうという気になりました。私以外にも、登るのに挫けそうになった人がいるのかもしれません。

ようやく着きました。緑の道が渋いです。きれいな桃の花が咲いていたました。

最後の石段を上がると弁天堂と八葉寺が見えてきました。

弁天堂
鐘楼
八葉寺本堂
山王社

続いて奥の院まで行きました。道沿いに仏様が並んでいます。
本堂から奥の院まではそんなに離れてはいません。

奥の院は非常に古い建物のようです。寂心上人によって平安時代に建立されたということです。

奥之院は、寂心上人によって平安時代に建立されたものです。
ここには、書写山円教寺を開いた性空上人から寂心上人に贈られたと伝えられる沐浴の湯釜が、厨子に収められ安置されています。
厨子には「大永五・六月十八日」と製作年代が明記されており、扉内面には乙天・若天の彩色絵が施されており、小規模ながら精巧な仕上がりとなっています。
厨子は県指定文化財、沐浴の湯釜は市指定文化財の指定を受けています。

姫路市教育委員会の説明板より

寂心上人と書写山を開いた性空上人に次のエピソードがあります。

寂心上人は沐浴する湯釜が欲しかったが、そのことを誰にも話していなかった。ところが、頼みもしないのに性空上人から湯釜が送られてきた。
さすが、性空上人だ。人の心が読み取れるから、自分のほしかったものがわかったのだ、と寂心上人が驚いた。

古い歴史が詰まったお寺でした。

帰りは自転車のペダルを漕がなくても麓まで着きました。


※播磨六山
円教寺、随願寺、八葉寺、神積寺、一乗寺、普光寺