佐良和・大年神社・歳徳神社・吉祥寺

姫路市が発行している「文化財をたずねて」という散策ルートマップの「飾東町めぐり」を参考にして、大年神社、歳徳神社、吉祥寺に行ってみました。
この地区は佐良和と書いて「さろお」と読みます。

大年神社

江戸時代からの物が残っている古い神社です。
御祭神は大年神、御年神、天照皇大神。創立年月は不明です。

鳥居
石段は享和2年(1802)の作
拝殿

拝殿横の石灯籠は寛政7年(1795)に作られました。

たくさんの絵馬が奉納されていました。

文学の小径

神社の脇に「文学の小径」と名付けられた道があります。この道は歳徳神社の奥の院まで続いています。
道には句が刻まれた石碑が建てられています。

同じ飾東町内の春日神社には歌人 岡本倶伎羅の石碑があります。
飾東町は文学が盛んなのかと思いました。

この日は非常に暑い日でしたが、竹林が暑さを防いでくれました。むしろ涼しいくらいでした。

歳徳神社

歳徳神社の御祭神は歳徳大神、歳徳大龍神、歳壱大明神。
歳徳神社のホームページに詳しく説明されています。

歳徳神社入口
龍神池(塩ケ池)

歳徳神社の由来が次のように説明されています。

抑々この地に鎮座し給うは歳徳大神なり。
今を去る六百有年前 赤松則村の二男 赤松貞範庄山(東前方の山)に城を築く。
その系族 小寺政隆が庄山城主なりし時、備前三石の城主浦上村宗なる者、庄山城に攻め来たる。時に享禄三年七月廿七日にして大奮戦の結果、衆寡敵せず一族家臣尽く討死せり。
内唯一人の武将足に重傷を負い、此の地に逃れ来たり。此なる岩上にて自害せり。
死に臨み遺言して曰く「歩行不自由なる者は何人によらず一切われ、これを守護せん」と。 爾来祈願参拝するもの、その霊験を得て今日に至る。
又、姫路城主十六代羽柴秀長公は竹の門と共に城の鬼門に当る此の地にあき方を司る神を祭り歳徳神社と称したるより一層有名となる。
奥の宮は歳徳神社に信仰厚くその霊験を得たる第一人者として大神の御威徳の現れとなし玉姫君を祭神とし女一代の守護神とす。
ひとすじに 清き心で 念ずれば りやくあらたか 歳徳の神

境内の由来書より
鳥居
「姫路城之鬼門守護神」の碑

神社の由来にあるように、豊臣(羽柴)秀吉の弟で姫路城主(姫路城第16代)だった羽柴秀長が姫路城の鬼門にあたるこの地に鬼門封じの神を祀り、歳徳神社と命名したといいます。

「お堂参り」というのがあります。

「歳徳大神様は方位干支それぞれをも守護する神様です。 貴方も、貴方の干支の前に立って諸事を祈願してください。」という説明がありました。

拝殿横の階段を登っていくと不動明王様、不動の滝がでてきます。

歳徳神社のホームページによると「不動明王は、密教の根本尊である大日如来の化身、あるいはその内証(内心の決意)を表現したものであると見なされている。」ということです。

不動の滝を超えると朱色の鳥居が出てき、更に登っていくと奥の院、玉姫神社に到着します。

奥の院、玉姫神社

素晴らしく天気がいい日でした。奥の院にある展望台から淡路島、家島、小豆島まで見えました。

歳徳神社はいろいろな逸話が残る楽しい神社でした。

吉祥寺

大年神社のお隣にある吉祥寺は黄檗宗のお寺です。

山門
本堂

吉祥寺の鐘は姫路市内で確認されている模造朝鮮釣鐘三口のうちの一つです。

姫路市の散策マップによるとお堂のなかに2基の石棺物があるということです。

大年神社、歳徳神社、吉祥寺、文学の小径とどれも個性があって楽しかった。

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