姫路市大塩にある大塩天満宮を訪問しました。
ここは秋の例大祭で勇壮な獅子舞が披露されることで知られる神社です。
播磨の沿岸部には、菅原道真公が太宰府に左遷される折に立ち寄ったとされる神社が数多くありますが、大塩天満宮もその一つです。

境内の説明板には、神社の由緒が次のように記されていました。
昌泰四年(901年)、菅原道真公が太宰府へ左遷される途中に伊保の湊より上陸し、大塩荘牛谷村の普光寺(のち妙泉寺)に霊鏡を奉納したという。
境内の説明板より
寿永の頃(12世紀末)その霊鏡は兵乱を避けるため、寺の近くの小山に埋められたが、後に霊鏡の所在が不明となったので、その山に社を建てて道真公の霊を鎮め、天神山と称した。
その後、天文2年(1533年)に大塩次郎景範が南方の地(ここより200m北の旧社殿地)に社殿を移転した。
平成の世になり、都市計画道路大塩曽根線の建設計画に伴い、平成10年9月19日に遷宮祭を執り行い、現在地に移転した。

由緒にある、普光寺に奉納された「霊鏡」とは、どのようなものだったのでしょうか。
以前、大阪府藤井寺市の道明寺天満宮で道真公の遺品を拝観したことがありますが、どれも精巧で貴重なものでした。きっと、同じようにすばらしい品だったに違いありません。
さて、大塩天満宮の北、かつて社があった天神山のふもとには、播磨西国三十三箇所霊場の三十一番札所である清勝寺があります。

この寺にも、道真公にまつわる伝説が伝えられています。
道真公が太宰府に流される途中、この地で急死した侍女の霊を慰めるために草庵を建てたのが寺の創建である。
その後、応永2年(1392年)に諸国巡業中の季明禅師が再建し、清勝寺と称した。
清勝寺の山号は『大梅山』で、ご詠歌は次の通りです。
春風に 大梅山の 花咲きて 翁の音を聞く 清勝寺かな
道真公が愛した梅の花が見事に詠み込まれており、道真公が確かにこの地を歩まれた歴史を感じました。



















