新羅神社

新羅神社は、神功皇后が三韓征伐の帰りに、新羅の捕虜をこの地においたことから神社が創建されたという伝説を持ちます。
ここ四郷の地は神功皇后の行矢伝説、多くの古墳、国分寺があり、古代においては力を持ったところだったようです。

御祭神
・帯中津彦命(タラシナカツヒコノミコト) 仲哀天皇
・品陀和気命(ホンダワケノミコト)    応神天皇
・息長足姫命(オキナガタラシヒメノミコト)神功皇后
創立年は不詳です。

拝殿内に掲げられた神社の由来を記した額には次のように記されています。

神功皇后が異国平定の際、福泊港より御上陸、麻生の峰にお登りの時、この明田村にて天明に及ぶ。依ってこの地を暁田と称し(後明田と改められた)凱陣を祝して現在の三線を祀り、征討国の一たる新羅の名を取り新羅神社と名付けたと伝えられる。

鳥居
拝殿
新羅神社
水盤

拝殿正面の屋根瓦に神宮皇后朝鮮出兵図が描かれています。

拝殿内部
伊和神社
大歳神社
奉納された絵馬
神明社
稲荷神社

新羅神社から北へ約10kmのところに白国神社があります。
白国神社が建っている白国地区は新羅から渡来人が渡って来たとされており、播磨風土記には「新羅訓」と書かれています。
古代の姫路は渡来人がたくさんいて、国際色豊かな地だったのかもしれません。